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エンジニアなら観るべきと言わざるを得ない『ひるね姫』(ネタバレあり)


十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。– Sir Arthur Charles Clarke


神山健治監督作品『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』を観てきました。

普段映画の感想は Yahoo! 映画 のレビューにこっそり書くのですが、一部前評判のとおりエンジニアが観て楽しめると感じたのでこちらに投稿します。

表題のとおりネタバレを含みます。良作は(多少の)ネタバレによって魅力を落とさないと考えていますので、これを読んで『ひるね姫』を観に行きたいと思う人が増えれば幸甚です。

wwws.warnerbros.co.jp

本稿での「エンジニア」とは、ハードウェアエンジニアやソフトウェアエンジニア、広くテクノロジーを扱った技術開発者のことを指しています。

どのような映画なのか

プロットの軸にあるのは、2020年の東京オリンピックを控えた日本における、自動車の自動運転技術を巡る争い、というものです。予備知識がない場合この時点で えぇっ と思う訳ですが、本当にそうなのです。というかプロットとしてはこれしかありません。

主人公・森川ココネの父は自動車の技術者です。彼は完成度の高い自動運転ソフトウェアを扱えるほど腕のいいエンジニアであり、彼が保有する自動運転技術に関する『オリジナルコード』がどうしても必要になった大手自動車会社・志島自動車が策略を巡らせるところから物語が始まります(この時点でお察しですが、じつは真の主人公は彼女ではないのです)。

『ひるね姫』はテクノロジーを巡る争いを描いた作品であり、テクノロジーの可能性を描いた作品でもあります。また、現在または近未来における日本の風刺映画であり、比喩、批評がいたるところに散りばめられた示唆に富んだ映画です。

以下の Togetter のまとめが象徴的ですが、

togetter.com

「ものづくり」や「プロジェクトX」といったワードが登場し、エンジニアという立場から観て琴線に触れるものがあったとした層が一定数いるように思えます。ただ、これは後半で触れますが受け手を選ぶタイプの作品である可能性もあります。

メタファーとして

前述のとおり『ひるね姫』にはたくさんの比喩、特に隠喩が散りばめられています。

作中の『魔法』とは、端的には素晴らしいソフトウェアのコードのことであったり、自動運転技術であり、広義の人工知能のことです。我々の世界でも凄腕のハッカーを Wizard と形容することがありますが、自動運転技術を進歩させられる程の凄腕のエンジニアはまさしく「魔法使い」であるという訳です。

これは『ひるね姫』の優れている点だと思いますが、作品中の描写は人によって多様に解釈できます。魔法はテクノロジーを指すだけではなく、作中にたびたび登場する「心羽一つで人は空も飛べる」という希望のことであったり、「言の葉の力」を指していると考えることもできます。

ココネが夢に観る王国に『鬼』という敵が存在します。鬼は魔法と対になっていて、ソフトウェアのバグやプロジェクト進行上のトラブルが実体化したものです。あるいはプロジェクト完遂を信じられない猜疑心であったり、新しいものに対する抵抗、失敗への恐怖心のような気持ちを表現したものかも知れません。

本作では「王国」という存在はあるものの、あまり「国家」という概念は描かれていません。しかし題材から言って、これまで世界で優位を取ってきた日本車というハードウェア技術が、Google や Tesla といった海外の企業が取り組むソフトウェア技術に脅かされている*1社会的背景を無視することはできません。そうした熾烈な競争を鬼との戦いという形で顕現させた、と想像することもできます。

桃太郎 (エンジニア) であるココネの父が、魔法 (テクノロジー) を駆使して鬼 (自動運転技術の完成を阻むもの) を倒す。『ひるね姫』のファンタジー要素はすべて現実の出来事の映像表現です。虚構と現実の対応が明示される場面もあるにはあるのですが、基本的には受け手が想像して紡いでいく必要があるという構成になっています。

風刺映画として

『ひるね姫』は風刺映画でもあります。志島自動車側の行動原理には、オリンピックという国策やソフトウェアの利権、特許の紛争といった現実の問題が持ち込まれています。企業の伝統にこだわる志島自動車の会長が「この会社にはビジョンがなく、過去の栄光にすがり足を引っ張り合うばかりである(意訳)」という批判を受ける場面は、まさに日本の現代社会への批判そのものでありました。

クライマックスで悪役の『呪いの言葉』の発動によって市街地が業火に包まれたりするのですが、この『呪いの言葉』がそのまま「納期に間に合いませんでした」というエンジニア (あるいはアニメーターと置き換えてもいいのかも知れません) にとって恐怖の言葉そのもの(?)になっているのが面白く、市街地の炎上はプロジェクト炎上を示しているのかも… と考えると、ちょっとにやりとできたりします。まぁまったく笑いごとではないのですが…。

基本的に起きていることはソフトウェア的な闘いなのですけれど、ココネに訪れる危機は身体的なものが多く、その危機を「物理的」に解決していくという流れは人間自身は結局フィジカルなのだというメッセージにも見えて面白いです。

ココネの父も徹頭徹尾被害者という訳では無く、「素晴らしいテクノロジーを自分の身の回りという閉じた世界だけで独占していないか(意訳)」と批判されます。テクノロジーは正しく使われてこそですが、同時に広く使われてこそ、という側面も持っています。ソフトウェアの世界では成果や技術をシェアし合うオープンソースというマインドが成熟しています。そうしたことを想起しました。

作中に登場する機械はなべて主人公に友好的であり、この点も本作が示したかった可能性なのかなと感じました。

作品に対する批判

公開間もないため今後調整されていく可能性がありますが、現時点で Yahoo! 映画のレビューが 2.9点台と芳しくないご様子です*2。ネガティブな意見を見ると、プロモーション内容とのギャップや、ファンタジー要素の必要性についての疑問、説明不足といった点にある程度の批判が集まっているように読み取れます。

上述のとおりファンタジー要素はメタファーおよび映像表現であるため、「そちら側」に理屈を求めてしまうと消化不良に陥りがちになるのではないかと思いました。この点については、プロモーション映像は明らかに『ひるね姫』をファンタジー作品であるかのように見せているため、受け手側を批判することはあまりできない気がします。

これはまったく素人の意見ですが、本作はアナ雪よろしく「ありのままで」攻めていったほうが良いのではないかと考えます。2016年の『君の名は。』の文字通り記録的な成功を経験した以上、これから『君の名は。』の成功を夢見ない興行アニメ映画はないのだろうと思います。しかしいま振り返ると、元々アクの強い作家性を持っていた*3 新海誠監督の作品をマーケット向けに「オブラートに包んで」宣伝したのではなく、寧ろ制作陣がマーケットフィットさせてきたという点に『君の名は。』の成功があったように思えてなりません。

ところで「説明不足」という点についてはまったくそのようには感じませんでした。すべて作品中で示唆されており、同時に解釈の余白も残した絶妙な案配だと感じましたが… どうしてこうなった。

その他の見所

巨大ロボとかタチコマ成分とか

神山健治監督作品ということで、攻殻機動隊を思い浮かべる方も多いと思います。タチコマ成分、あります。

家に帰るよう指示したバイクが戻ってきた理由を考えると胸が熱い。

巨大ロボ戦は『パプリカ』あるいは『パシフィック・リム』のオマージュ感がそこはかとなく漂います。

エンディング

エンドロールが本編、とまでは言いませんが、エンドロールで描かれる過去の開発プロジェクト進行の様子、ホワイトボードに付箋を貼りまくって技術レクをしたり、成功したり失敗したり、、と、僕自身ソフトウェアエンジニアの端くれとして「ものづくりいいよなぁ」と心にくるものがありました。

高畑充希の歌う「Daydream Believer」はとても素晴らしいので必聴です。

音楽

エンディング曲もいいのですが、BGM は『KINGDOM HEARTS』や『FINAL FANTASY XV』の下村陽子氏によるものです。失礼ながら担当されていることを事前に存じ上げず、随所に KINGDOM HEARTS っぽさがあるなと思っていたらスタッフロールで納得しました。作中の「ハートランド王国」とかけていたら面白いですね。

なぜエンジニアが観るべきなのか

まとめ。

  • この映画がエンジニアやテクノロジーといったものを取り扱った作品であること
  • 現実的な問題に向かっている作品だ、ということに早く気付いてしまったほうが作品を楽しめること
    • たぶんエンジニアは身近なテーマとしてより実感できるんじゃないかなぁ

評判が気になって迷っている方はとりあえず観てみましょう。

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先に読んじゃ駄目なやつ。

小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

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Daydream Believer も収録のサントラ。

ひるね姫 オリジナルサウンドトラック

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  • アーティスト: サントラ,ジョン・スチュワート,ZERRY,下村陽子
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: CD
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*1:脅かされているというと語弊があるかも知れません。少なくとも大きな存在であるということです

*2:ある一定以上評価のついた Yahoo! 映画レビューのスコアは僕の感覚値と乖離がないので、参考になるシステムだと思っています

*3:個人の感想です